では、親は何をすればいいのか。
結局、ここに戻ってくる。
子供にAIを使わせるだけなら簡単だ。
スマホやタブレットの操作なら、子供はすぐに覚える。
動画を見る。検索する。アプリを開く。フリック入力も、慣れれば大人より速いかもしれない。
けれど、AIを使うとは、画面を触ることではない。
少なくとも今は、文字を使って問いを立てることだ。
自分の考えを言葉にすることだ。
返ってきた答えを読み、疑い、直すことだ。
これは子供にはかなり難しい。
だから教育が必要になる。
そして、親がそれをできなければ、たぶん子供だけでAIを使いこなすのは無理だと思う。
AIを使えば楽をする。
AIを使えば考えなくなる。
AIを使えばずるになる。
そういう不安は、もちろんある。
いや、会社ではそれが起きている。
ただ、AIを使わないまま大人になることのリスクも、同じくらい大きい。
これから必要になるのは、AIの答えをそのまま写す力ではない。
AIに問いを投げる力。
出てきた答えを見て、「これは違う」と言える力。
自分の経験に引き戻して、もう一度考え直す力。
AIは、文章の整理も、表現の候補出しも手伝ってくれる。
ただし、先に考えがなければ、出てくるのは「それらしい文章」にすぎない。
きれいだけれど、本人がいない。
これは作文だけの話ではない。
算数でも、調べ学習でも、仕事でも同じだと思う。
AIの答えを見て終わりにするのか。
なぜそうなるのかを聞くのか。
別の見方はないかと問い返すのか。
自分の経験や違和感と照らし合わせるのか。
そこに、AIを使う人と、AIに使われる人の差が出る。
家庭でできることは、大げさなAI教育ではない。
AIの答えを親子で読む。
どこが合っていて、どこが変なのかを話す。
「これは自分の考えか」と聞く。
違うなら、言い直す。
それだけでも、AIとの付き合い方は変わる。
AI時代の教育というと、特別なプログラミング教育や最新ツールの話に聞こえる。
でも実際には、もっと地味なものだと思う。
問いを立てる。
試す。
比べる。
自分の言葉にする。
この繰り返しを、AIと一緒にできるかどうか。
AIに勝つ子を育てるのではない。
AIに使われる子でもない。
AIを使いながら、自分の考えを失わない子にする。
そのためには、まず親の側が、AIを使って考える姿を見せるしかない。
それが、親として今できる、かなり現実的な悪あがきなのだと思う。


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