この夏、子どもにいろいろな学校の過去問を解かせてみた。
とりあえず開成、灘、筑駒。
さらに桜蔭、女子学院、雙葉。
算数だけではなく、国語もやった。
もちろん女子御三家は受験できない。最初は好奇心だった。
出来心だった。
そして実際、出てしまった。
女子学院の算数
女子学院だけ、止まり方が違う
開成の算数は、それなりに戦える。
それどころか初見で合格平均点を叩き出す。
普通に考えれば開成のほうがキツイはずだ。
それでも、開成では何か始める。
図を書く。
場合分けする。
分かるところまで進む。
ところが女子学院では、違った。
大問の後半になると、手が止まる。
本人に聞くと、
「解き筋が見えない」
という。
最初に何をすればいいのか分からない。
その状態のまま止まる。タイムアップ。
最初は「相性かな」と思った
1年分だけなら、
「この年度と相性が悪かったのかな」
で終わる。
でも、別年度をやっても似た止まり方をした。
さらにもう1年。
やはり同じだった。
問題は当然違う。
それでも、
「最初に何をすればいいのか見えない」
という反応は変わらなかった。
3年分やって同じ傾向が出ると、さすがに偶然では片付けにくい。
これが研究材料としては面白かった。
国語も違う。でも一番大きかったのはJG算数
国語も解いた。
学校ごとに文章量も違う。
記述の要求も違う。
「同じ中学受験国語でも、結構別競技だな」と思うことはあった。
でも、
本人の処理そのものが止まる
という意味では、女子学院の算数が一番分かりやすかった。
だから今回の収穫は、
「女子学院の算数が苦手だった」
という話ではない。
学校が変わると、普段使っていない能力に負荷がかかる
ということだった。
「算数が得意・苦手」では粗すぎる
模試や過去問の点数だけを見ていると、
「算数は得意」
「この学校とは相性が悪い」
くらいで終わってしまう。
でも、答案と本人の反応を見ていると、もっと細かい。
難しい問題でも動ける場合がある。
一方で、そこまで難しくなくても、最初の一手が見えないと止まる。
どちらも不正解ではある。
今回、女子学院を3年やったことで、
普段の過去問演習では表に出にくい何か
がかなりはっきり見えた。
AIにも答案や解き直しを見せた。
ただし、AIに問題を解かせることが中心ではない。
見たかったのは、
なぜ思考が止まっているのか
だった。
攻略法は見えている。でも、今はやらない
3年分やったことで、攻略法の方向性はかなり見えている。
ただし、今はやらない。というかできない。
NN模試の天王山が近い。
女子学院は受けない。
今は、開成系の問題で結果を出すための時間を優先したい。
弱点を見つけたからといって、全部すぐ直す必要はない。
限られた時間の中では、
直せるかどうかではなく、今直す価値があるか
女子学院の算数で見つかった課題は、消えたわけではない。
NN模試が終わって時間ができたら、再調整する。
受けない学校の過去問にも意味がある
普通に考えれば、受けない学校の過去問を3年分やる必要はない。
でも今回に限っては、かなり意味があった。
受けそうな学校だけを解いていたら、この弱点には気づかなかったかもしれない。
学校が変わる。
問題が変わる。
すると、子どもにかかる負荷も変わる。
いつもの問題では隠れていた癖が出てくる。
過去問は、合格可能性を見るためだけのものではない。
違う学校を横断すると、
その子がどんな問題で壊れるのかを見る測定器
にもなる。
女子学院を3年やって、同じところで止まった。
攻略法も見えている。
ただ、今はやらない。
今やるべきことは別にある。
それも含めて、この夏の過去問演習だったのだと思う。


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